著作集

岡本太郎著作集。

芸術家、岡本太郎が1940年から1979年までに執筆した芸術論、文化論、エッセイ、書簡、発言記録などから主要なものを選び、講談社から全9冊構成で編纂出版されたもので、岡本の文筆家としての初めての選集となった。各巻の口絵には岡本の絵画作品が原色版で掲載され、月報には各界の文化人によるエッセイや、収録された著作の初発表時における書評などが載録されている。造本はB6判の布装ハードカバー、箱入りの形態で、装幀も岡本自身が手がけており、全巻並べると箱の背に岡本の絵画作品『黒い太陽』が現われるようになっている。

「岡本太郎著作集」は、講談社で1979年10月から1980年6月にかけて毎月1冊ずつ刊行された。当時の定価は各巻2500円。1980年代半ばには絶版となったが、岡本の著述が大系的に集大成され、その芸術の受容史を窺い知ることができる著作集として、岡本の業績の再評価が進み、多数の著作が再出版されている現在においてもその評価は高い。

これほどの選集が、何故絶版になったのだろうか。大変気になる。

阿川弘之

日本の戦記小説家といえば、阿川弘之がまず浮かぶ。

広島県名誉県民。日本芸術院会員。日本李登輝友の会名誉会長。文化勲章受章。代表作に、『春の城』『雲の墓標』のほか、大日本帝国海軍提督を描いた3部作『山本五十六』『米内光政』『井上成美』など。

阿川は『私の履歴書』では、[私の「履歴」を一と言で記せば、「地方の平凡な中流家庭に生まれ、小学校から大学まで、ごく平坦平凡な学生生活を送り、戦争中は海軍に従軍して多少の辛酸を嘗めたが、戦後間もなく志賀直哉の推輓により文壇に登場、以来作家としてこんにちに至る」、これだけである〕と回顧している。法学者の阿川尚之は長男、タレント・エッセイストの阿川佐和子は長女。

らも

中島らもは、昭和後期-平成時代のプランナーであり、小説家であり、ミュージシャン。
昭和27年4月3日生まれ。広告代理店勤務をへて独立。テレビ番組の構成者,ラジオのディスクジョッキー,エッセイスト,ミュージシャンなど多方面で活動。平成4年「今夜,すべてのバーで」で吉川英治文学新人賞,6年「ガダラの豚」で日本推理作家協会賞。劇団リリパット・アーミー主宰。

平成16年7月26日死去。52歳。兵庫県出身。大阪芸大卒。本名は裕之。

その著書の数々は、やはり異彩を放っている。

ブッチャー自伝

アブドラ―ザ・ブッチャーの自伝によると、彼は小学生の頃から新聞売り、不用品を回収し売りさばき、中学卒業後は靴磨き、押しかけ清掃など様々な仕事をしてきたという。仕事の一方で12歳から警察学校の無料講習で柔道と空手を習う。

「私のスタイルには絶対にスピードが必要だと考え、とにかく毎朝ひたすら走った。私のような体型の者が疾風のようにリングを走り、素早く相手を捕まえ、底知れぬスタミナを持ち合わせていたら、それだけで金になる。」

ブッチャーはストイックだったのだ。

但しこれを書いたゴーストライターはブッチャーの事をあまりよく知らないのかもしれない。
そう思える表記もいくつかあった。

歴史の終わり

フランシス・フクヤマの著書、歴史の終わりは1992年刊行。

ニーチェは近代の奴隷道徳の台頭に対して、貴族道徳の復活をラディカルに説いた思想家なので、この「最後の人間」を否定的、侮蔑的に語っている。「最後の人間」は気高い貴族的精神を失い、命がけで戦う信念も勇気も持たずに付和雷同的に周囲に同調して媚びへつらい、目先の利益には聡いブルジョワ的な小利口な人間であり、軽蔑すべき畜群である。だから翻訳者によっては、ラストマンのことを「末人」「おしまいの人間」などと翻訳している。しかし、フクヤマの使う「最後の人間」という用語にはそういう侮蔑的なニュアンスはなく、単純に歴史の最終段階に出現した人間だから、「最後の人間」と呼んでいる。

民主主義は国民の平等を説いた。この世に奴隷はなく、みな人間としての名誉を認められた。しかし、「普遍的な認知」というものが果たして意味を持ちうるのか? すべての人間が平等に価値があるのなら、すべての人間には平等に価値がないとも言い換えられるのではないか? キリスト教は普遍愛を説くが、すべてを愛するということは、逆に言えば何も愛していないというニヒリズムでもあるのではないか? ニーチェはブルジョワ民主主義の平等主義、価値相対主義のニヒリズムを指摘した。これは本質的な矛盾であるがゆえに、永遠に民主主義に付きまとう矛盾である。それがゆえに、ニーチェの近代批判はマルクスよりも本質的で、根源的だった。

阪急電車

「阪急電車」は、有川浩の短編小説集。

兵庫県宝塚市の阪急宝塚駅から兵庫県西宮市の西宮北口駅を経て阪急今津駅までを結ぶ阪急今津線。

阪急神戸本線との接続駅であり運転系統が分割される西宮北口駅から宝塚駅までは、所要わずか14分のミニ路線だ。

この作品はその宝塚 – 西宮北口間の8つの駅を舞台として、乗客が織り成す様々なエピソードを、1往復に当たる全16話で描写する。

それぞれのエピソードが後から繋がってくるのが面白い。

淡々とした日常を温かく描いている。後に映画化もされた。

レバレッジリーディング

本を多読する為に速読する。

しかし、目的は如何に本を速く読むかではなく、どれだけそのエッセンスを血肉とする事ができるか、その点にポイントを置いているのが分かり易い。

本の汚し方、レバレッジメモ、というテクニックは面白いと思った。

もちろん、ビジネス書での話。

文学は間を楽しむ、精読が相応しい。

東京飄然

町田康の東京放浪記。

飄然と旅に出る、といってもいたって近所だ。

串カツを食べる事に拘り、そうまで拘るかという位に思いつめるところなど、笑える。

平和な感じが滲み出ていてホッとする。

緩さ加減全開のエッセイだ。

東京バンドワゴン

小路幸也の連作短編推理小説シリーズ。

舞台となっているのはタイトルになっている「東京バンドワゴン」という名の下町の古本屋。明治18年創業の老舗だ。「バンドワゴン」というのは、楽隊を乗せた行列の先頭を行く車のこと。

「東京バンドワゴン」周辺で起きる「小さな謎」の巡るミステリー。誰も覚えがない百科事典が、店の棚に置かれており、さらに夕方には忽然と消える。また、店の蔵が何者かに侵入されたり、小学生の子どもたちが付け回されたり、といった物騒な出来事も起きる。

堀田家はとにかく個性的なメンバーで、そんな彼らが繰り広げる奮闘ぶりは非常に面白い。

パタゴニア

椎名誠の「パタゴニア-あるいは風とタンポポの物語」について。

パタゴニアは、南米大陸の最南端、風と氷に閉ざされた大秘境。

チリ海軍のオンボロ軍艦で、マゼラン海峡からビーグル水道へ、そしていよいよ吠える海、ドレーク海峡へ。
海の男たちでさえ船酔いするという厳しい船の旅。
コンドルが飛ぶ巨大な蒼空のもと、荒野をジープでひた走る内陸部の旅。
だが時折胸を塞ぐのは精神的危機に陥った妻の面影だった。

サブタイトルが、パタゴニアに居ながらにして心は日本に少し傾いている、という部分を、副題の「風」「タンポポ」に感じる。

悩みながら旅を続ける所に、他の椎名誠の作品とはまた違った繊細さを感じさせる作品だ。