アルフレート・フォン・ティルピッツ

ティルピッツは現在のゲーム理論の一種とも言える「リスク理論」を展開し英独海軍軍拡競争によって英国はドイツ海軍を牽制し対決を回避すると提唱していた。しかし、このティルピッツの読みは結局外れ、英独関係は悪化の一途をたどることになる。1911年海軍元帥となる。3年後の1914年第一次世界大戦が勃発する。

ティルピッツは海軍大臣として軍政担当者の立場から、ドイツ海軍の作戦内容に意見を反映させることは余りなかった。ドイツ海軍、太洋艦隊は、英国本国艦隊の戦力を警戒し、艦隊決戦にはユトランド沖海戦を除き、積極的には出なかった。むしろ潜水艦による通商破壊活動を展開し、Uボートによる無制限潜水艦作戦を実施していった。1916年潜水艦作戦をめぐり、海軍大臣を解任され、後任にはエドゥアルツ・フォン・カペレ (Eduard von Capelle) が就任した。