青梅マラソンの拡大

青梅マラソンの第1回は1967年3月に開かれた。1964年東京オリンピックの銅メダリスト円谷幸吉が参加したことから、キャッチコピーを「円谷選手と走ろう」としていた(しかし円谷の自殺による急逝(翌68年1月)で、このキャッチコピーは第1回限りとなってしまった)。当時、一般市民が参加可能なマラソンレースはなく、著名なアスリートと一緒にレースに参加できる大規模な大会として有名になり、今日に渡って全国から参加者が集まる市民マラソン大会となった。2006年までは2月第3日曜日の開催で親しまれたイベントであったが、2007年と2008年では同日に東京マラソンが開催されることになったため、2月第1日曜日に日程が前倒しされた。2009年の大会は、東京マラソンの日程変更に伴い従来の開催日である2月の第3日曜日、2月15日に開催された。2010年の大会以降は、従来通りの2月第3日曜日に開催されている。