二つの名前

カーター・ディクスンは、ジョン・ディクスン・カーだった。

前者の方がペンネームなのだという。

ペンシルベニア州ユニオンタウンに生まれる。父ウッダ・ニコラス・カーは弁護士で下院議員や郵便局長も務めた。1921年にハイスクールの学内誌に発表した推理小説が最初の創作である。ハヴァフォード・カレッジに在学中も、学生雑誌に歴史小説やアンリ・バンコランの登場する推理小説を発表する。同人の中にはやはり作家として名を上げるフレデリック・プロコシュ(Frederick Prokosch)がいた。数学の単位が取れず2年で中退するとパリに遊学した。

帰国後、同人誌に発表した中編「グラン・ギニョール」(Grand Guignol 1929年)を長編化した『夜歩く』(1930年)が評判となり、専業作家の道が開けた。同作は発表年のうちに邦訳が刊行されている(『夜歩く』 内山賢次訳 天人社刊)。1932年にイギリス人クラリス・クリーヴスと結婚してブリストルに居を構えた。1946年まで続くイギリス時代に代表作の多くは発表されている。翌年には、二つの名前でより多くの作品とより多くの収入をと考え、『夜歩く』や『魔女の隠れ家』(1933年)に似たトリックを用いた『弓弦城殺人事件』を執筆し、クリストファー・ストリート(Christopher Street)というペンネームまで決めていたが、カー・ディクスン(Carr Dickson)という実質本名に等しい名の下に刊行されるというトラブルが発生した。これは問題の名義を手直ししてカーター・ディクスンとすることで解決した。ディクスンの正体は1950年代まで公式には明言されなかった。1934年にはロジャー・フェアベーン(Roger Fairbairn)名義でも一作を刊行するが、生前は秘密だった